ジョージ・マイケルPart2

2016年12月25日に53歳という若さで亡くなったジョージ・マイケル。
訃報を聞いた時、とてもショックでした。
どのような53年という人生だったのでしょうか。

ジョージ・マイケルの生い立ちや身長は?

ジョージ・マイケルの生い立ちは?

ジョージ・マイケルは、1963年6月25日生まれで、本名は、イェオルイオス・キリアコス・パナイオトゥ。
ギリシャ系キプロス人の父キリアコス・パナイオトゥ(後に改名してジャック・パノス)と、ユダヤ人の血を引くイングランド人の母レズリー・アンゴールド・ハリソンとの子として、ロンドン郊外のフィンチレー、チャーチ・レーンに産まれました。姉が二人いて、5歳年上のYiodaと3歳年上のMelanieといいます。

父親はキプロスのギリシャのレストラン経営者で母親はダンサーでした。
ロンドンのキングズベリーで幼少時代のほとんどを過ごし、キングズリー高校に通っていました。

ジョージ・マイケルの身長は?

ジョージ・マイケルの身長は183 cm。
意外と高かったんですね。実際にみたら、スラッとしてて、素敵だったんだろうな。。

ジョージ・マイケルはゲイだった?結婚はしてた?

ジョージ・マイケルはTV番組で自身ゲイであることをカミングアウトしていました。
あんな素敵な人が男性好きで、なんて勿体ないんだろうとよく思っていました。
結婚はしていなかったようです。

男性との恋愛は?
  • アンセルモ・フレッパ

    1992年にリオで行われたロックコンサートの時に出会ったブラジル人ドレスデザイナーであるアンセルモ・フェレッパと恋に落ちる。ジョージの「初体験の相手」されています。しかし5ヶ月後、アンセルモがエイズであることが発覚し、1993年3月26日に死去するまで生活を共にした。
  • ケニー・ゴス

    1996年の夏に2人は共通の友人を介してロスのレストランで初めて出会い、恋人同士になり、長年同棲していた。2006年、10年目の記念日に結婚する予定でしたが、ケニーは、「ジョージが変わらない限り、ありえない」と告げていた。
    2008年、公衆トイレにて、公然わいせつ罪で逮捕。大麻所持で起訴されたが、公衆トイレにいたのは、ドラッグのためだけじゃなく、男をひっかける所としてだった。
    ケニーは 他の男たちをあさり、大麻を過剰に使用するジョージを認めませんでした。
    2011年に破局しています。
  • ファディ・ファワズ

    2009年からジョージと交際を始めたが2015年には破局していた。ジョージが亡くなった時の第一発見者。

ジョージ・マイケルが大好きだったものとして、ゲイと知った時、ショックだったことは事実です。
亡くなってから色々な事実を知ることにより、ジョージ・マイケルはいつも何か心の中は寂しさがつきまとっていたように感じられます。1997年に母親が亡くなったとき真剣に自殺を考えたといいます。「もしケニー・ゴスがいなかったら、僕の人生は危なかった。母親が死んでから、(曲を)書くことができなかったんだ」と言っていることもあり、甘え坊で寂しがりやさんだったのではないでしょうか。
小さな頃から内気だったようで、自分の中で「ジョージ・マイケル」という架空のヒーローを想像し続けて、頑張ってきたようです。
今は、天国でフレディ・マーキュリーやマイケル・ジャクソンと楽しく歌って過ごしていることでしょう。

2012年9月9日/フランス・パリ オペラ・ガルニエにて『ジョージ・マイケル シンフォニカ 〜ライブ・イン・パリ 2012』での様子をWOWOWで見ることができましたが、「Praying for Time」を熱唱しているジョージ・マイケルをみていたら、涙が止まらなくなりました。
彼の歌声から、内なる魂の声が聞こえたような気がして、色々な困難を乗り越たうえでの聴衆の気持ちをつかんだ素晴らしい時間に拍手を送りたいと思いました。

Praying for Time

ジョージ・マイケルが好きになったこともブログで書いています。