陸奥宗光公の写真を見て日本人に見えなくて驚いちゃったんですよねぇ〜
息子さんもハーフのようなお顔でイケメンなんでビックリしちゃいましたぁ〜
6月24日に『東海道 通し歩き』で訪れた【明治記念大磯邸園】。
その中で目を引かれたのは、陸奥宗光別邸跡・旧古河邸の説明板でした…
その説明板の写真に目が釘付けに。。。。
陸奥宗光公の顔がどうやっても日本人には見えず、息子さんもハーフのような顔立ちで、、、、
「え゛、え゛、外人さんだよね… 日本人じゃないよね…」
一緒に写真に写っていたのが、「鹿鳴館の華」と称された亮子夫人。
NHK連続テレビ小説『らんまん』で、槙野万太郎(神木隆之介さん)が恋していた寿恵子(浜辺美波さん)も、もしかしたら「鹿鳴館の華」になっていたかもしれませんけれども…
亮子夫人は、新橋で一、二を争う美貌の名妓だったといいます。
陸奥宗光公のことを、お恥ずかしながら この日初めて知りました。
外人さんかなと思いきや、ご両親は紀州藩士の伊達宗広と政子というれっきとした日本人でした…
坂本龍馬と出会い、勝海舟の設立した神戸の海軍操練所で学び、以後、龍馬の亀山社中、海援隊のメンバーとして活躍されていたとは…
第二次伊藤内閣のもと、外務大臣として活躍され、【カミソリ大臣】の異名もあったそうです。
「頭の切れる者(頭の回転が早い)」という意味を込めて「カミソリ大臣」と呼んだといいます。
明治の新聞『毎日電報』に掲載された記事「西洋婦人の見た日本の美男子」で、駐米公使の未亡人エレン(米国生まれ)が「私が見た日本男子の中の一番美しい方」だと陸奥を評したとのこと。
あの時代に、顔が小さくて背が高くて、外人のような顔立ちの人ってなかなかいなかったんではないでしょうか??
いや、もしかしたら、意外や意外、沢山いたのかな??
ユダヤ人が大陸移動して日本にいっぱい入ってきて、秦氏ユダヤ人も渡来したので、お顔が西洋ぽい人も多かったかも知れません…
長男の陸奥広吉さんの妻はイギリス人で、お子さんの陸奥イアン陽之助さんはハーフというより、もう外国人という容姿。
1952年にインタナシヨナル映画株式会社(IMPC)を創業し、外務省の出資を受け、海外に日本を紹介する映像を制作していたとのこと。
陸奥イアン陽之助さんのお子さんはどんな方たちなんでしょうかね??
直球和館さんのページに写真が載っています。
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